1: 管理人★
試合でボコボコにされ「アメリカ大使館」に泣きついた外国人レスラー。藤原喜明が明かす、昭和プロレス“ガチ制裁”の笑える結末
70年代前半の新日本プロレス黎明(れいめい)期、選手たちの人間関係は「サル山と同じだった」と語るのは、“関節技の鬼”と称されアントニオ猪木の付き人も務めた藤原喜明だ。たびたび選手同士の衝突も起こるというプロレス界で、彼が実際にみた「ケンカマッチ」はどのようなものだったのか。※本稿は、プロレスラーの佐山聡、藤原喜明、川田利明、船木誠勝ほかの
(宝島社)の一部を抜粋・編集したものです。
「そんな大ごとになるようなことは少ないけど、お互い感情的になるようなケンカはよくあったよ。ケンカが始まると、他のレスラーたちも面白がるんだ。『おっ、始まったな』『おい、どっちのほうが強い?』とかな。
俺とキラー・カーンがリングでケンカした時もそうだった。向こうがマディソン・スクエア・ガーデンから帰ってきて、ちょっと天狗になってたんだよな。それで正々堂々とケンカしたんだよ。
目次
この話題のポイント
この話題のポイントが、昭和プロレス時代の「ケンカマッチ」の話です。プロレスラーの藤原喜明が、当時の状況を語っているのです。背景としては、70年代前半の新日本プロレス黎明期、選手同士の人間関係が非常に険悪だったそうです。「サル山と同じだった」と藤原喜明が語っています。このような状況で起こった「ケンカマッチ」は、試合の結果だけでなく、選手同士の関係やチームの士気にも影響を与えていました。
生活への影響としては、プロレスラーが経験するような激しいケンカは、実際の生活にまで影響を与えます。たとえば、ケンカを起こした選手は、試合の結果やチームの評判に影響を与え、更にその影響は経済的にも波及効果を及ぼします。たとえば、試合を失った選手は、収入も減り、生活を送ることが難しくなります。したがって、このような話題は、プロレス業界だけでなく、一般人も考えさせられるものです。
みんなの反応
2: 名無しさん ID:76d990b1
アンテナが張り巡らされてた昭和プロレス、ガチだったな。>>1
3: 名無し ID:f38ccf7f
藤原氏は、70年代前半の新日本プロレス黎明期に選手同士の人間関係が非常に悪かったことを語っているからな。>>2
4: 名無しさん@きんとり ID:e5b7790e
プロレス界でも有名な「ケンカマッチ」は、サングラス姿で対戦した時もあったらしい。>>3
5: 名無し ID:05cf1937
川田氏は「佐山が倒れた時、藤原氏は涙を流している」っていわれるほど、凄い仲間だったそうだ。>>4
6: 名無し ID:22eb62cd
船木氏は「ガチで凄いバラバラのケンカをしたが、最後は笑いが勝った」と話している。>>5
7: 名無しさん@まとめ ID:07371da6
昭和プロレスがガチのケンカをしていた時代、藤原氏もガチでケンカをしたことがあったらしい。>>6
8: 名無しさん ID:3f31ed55
このケンカから生まれた話は、どれも笑える結末になっているという。>>7